中国など”国家資本主義”国が台頭してきている一方で、欧米など”経済自由主義”国の成長が停滞しているのはなんでなんだっけ?をテーマにした本。民主主義・資本主義(金融規制)・法の支配・市民社会の4つの観点における負の側面から紐解いていきます。
注)名誉革命@イギリスとは、ざっくり言うと、粛清・軍備拡張・カトリック擁護を行ったチャールズ二世・ジェームズ二世に対して、ジェームズ二世を退位させ、彼の娘婿のウィレムを国王とした革命。王の独断による法制定(議会の承認を受けない法制定)を禁じるなど、議会の優位性を定めた権利の宣言を採択し、民主主義の第一歩を築いた。
ただし、その後の政治は資本主義の発達とあいまって公的債務(国の借金)を増やしていきました。かさむ借金をどうにかするには、
規制と言えば、最近もアメリカが”中国のZTEがイラン等に不正な輸出をしていた”としてアメリカとの貿易を禁止し、ZTEの事業継続が困難になっているというニュースがあり、規制ひとつで経済や企業が立ちいかなくなることの恐ろしさを感じました。。
法律は過去からの積み上げで構築されていくし、司法判断も過去の判例に依存するので、法が制定されてから時間の経過した国ほど硬直化しているということなのだと思います。一党独裁政権が主導する中国や、国としての歴史の浅いシンガポールが躍進しているのは法の硬直化による影響を受けないからとも言えそうです。
ただ、法律が積み上げであるがゆえに抜本的な改善はかなり困難と思います。僕の本業目線で言うと、製造業の生産管理や金融機関の勘定系など、企業の基幹系のシステムは初期構築から20~30年経っているものがざらです。これらのシステムは過去からの積み上げで現在に至っているので、全面的な刷新やクラウドに乗っけたりということがかなり困難です(実現するには莫大な投資と経営判断が必要です)。果敢にもみずほ銀行が基幹システムの刷新にチャレンジしていますが、なかなか苦戦しているのです(想定外の追加投資がかさんで、結局スカイツリー7基分の投資額とか)。
話が大きく逸れますが、昔は”努力しなかったり怠けているから貧困にあえぐんだ”という偏狭な自己責任思想を持っていましたが、学生の頃に東南アジアをバックパッカーとして放浪したことで価値観が大きく変わりました。今となっては恥ずかしい限りですが、生まれた国や家庭によって可能性・自由度自体が大きく制約されることに気づきました。
ということで、世の中に何か恩返しするべく国連への就職を志した時期もあったのですが、己の脳みそと相談したところ、”無理”ということになり、社会人になってからユニセフなどに細々と寄付することを続けていました(青年海外協力隊も考えたのですが、一歩踏み出せないまま青年から中年になってしまいました)。少し前に”銀行からお金を借りられない/銀行制度が発展していない国の個人・中小企業をクラウドファンディング(ソーシャルレンディング)で支援する”というサービスを発見し、少額ですが投資し始めました。寄付ではなくリターンを期待しているという意味ではポートフォリオの一環ですが、名もない個人の善意が少しでも世の中をよくすることを願う今日この頃です。

●民主主義
ここの論調は『サピエンス全史』と同様に、封建的君主制度が残存していた中国・オスマン帝国と比較して、名誉革命に端を発した人民主体の政治制度が発達したヨーロッパでは議会・政党が生まれ、農業・商業が発達するとともに、金融機関も発達したことがかつて西洋が急成長した原動力と捉えています。封建制と比較してオープンな人民主導型になることでさまざまな科学イノベーションが生まれ、勢力を拡大するとともに、富を蓄積していったということです。注)名誉革命@イギリスとは、ざっくり言うと、粛清・軍備拡張・カトリック擁護を行ったチャールズ二世・ジェームズ二世に対して、ジェームズ二世を退位させ、彼の娘婿のウィレムを国王とした革命。王の独断による法制定(議会の承認を受けない法制定)を禁じるなど、議会の優位性を定めた権利の宣言を採択し、民主主義の第一歩を築いた。

ただし、その後の政治は資本主義の発達とあいまって公的債務(国の借金)を増やしていきました。かさむ借金をどうにかするには、
- イノベーションにより、金利(たとえば国債の金利)以上の成長を遂げる。←たぶんこれができている国はいない。
- あきらめてデフォルトする。←実際にデフォルトしたのがアルゼンチン。瀬戸際まで行ったのがギリシャ。
- ずるずる先延ばしする。成長しているわけではないので、債務が増える分デフレが進む。中央銀行の債券買い入れや、先進国であるが故に安全資産として資金が集まるなど、政府の調達コストが下がるため、何とかなってしまう。←近年の欧米・日本
●資本主義(金融規制)
自由資本主義やそれに対する規制(緩和含む)が悪いわけではなく、”誤った規制”が健全な成長を阻害するというのが論旨で、中央銀行など当局の独立性・裁量を高める必要性が示唆されています。規制と言えば、最近もアメリカが”中国のZTEがイラン等に不正な輸出をしていた”としてアメリカとの貿易を禁止し、ZTEの事業継続が困難になっているというニュースがあり、規制ひとつで経済や企業が立ちいかなくなることの恐ろしさを感じました。。
●法の支配
規制同様、複雑な法・陳腐化し現状にマッチしない法が欧米・日本の成長を妨げているのだそうです。法律は過去からの積み上げで構築されていくし、司法判断も過去の判例に依存するので、法が制定されてから時間の経過した国ほど硬直化しているということなのだと思います。一党独裁政権が主導する中国や、国としての歴史の浅いシンガポールが躍進しているのは法の硬直化による影響を受けないからとも言えそうです。
ただ、法律が積み上げであるがゆえに抜本的な改善はかなり困難と思います。僕の本業目線で言うと、製造業の生産管理や金融機関の勘定系など、企業の基幹系のシステムは初期構築から20~30年経っているものがざらです。これらのシステムは過去からの積み上げで現在に至っているので、全面的な刷新やクラウドに乗っけたりということがかなり困難です(実現するには莫大な投資と経営判断が必要です)。果敢にもみずほ銀行が基幹システムの刷新にチャレンジしていますが、なかなか苦戦しているのです(想定外の追加投資がかさんで、結局スカイツリー7基分の投資額とか)。
●市民社会
個々人の社会貢献度を高めましょうということのようです。ITを活用したクラウドソーシングやクラウドファンディングはこの流れに位置づけられるんですかね。話が大きく逸れますが、昔は”努力しなかったり怠けているから貧困にあえぐんだ”という偏狭な自己責任思想を持っていましたが、学生の頃に東南アジアをバックパッカーとして放浪したことで価値観が大きく変わりました。今となっては恥ずかしい限りですが、生まれた国や家庭によって可能性・自由度自体が大きく制約されることに気づきました。
ということで、世の中に何か恩返しするべく国連への就職を志した時期もあったのですが、己の脳みそと相談したところ、”無理”ということになり、社会人になってからユニセフなどに細々と寄付することを続けていました(青年海外協力隊も考えたのですが、一歩踏み出せないまま青年から中年になってしまいました)。少し前に”銀行からお金を借りられない/銀行制度が発展していない国の個人・中小企業をクラウドファンディング(ソーシャルレンディング)で支援する”というサービスを発見し、少額ですが投資し始めました。寄付ではなくリターンを期待しているという意味ではポートフォリオの一環ですが、名もない個人の善意が少しでも世の中をよくすることを願う今日この頃です。